なに言っているんですか?
うめきやさんのうめき声を、私が発していると思っていたらしいハヤシさん。
「なに言っているんですか?」
と聞かれても、こちらとしては回答に困ります。
私には聞こえていなかった、というふりをするのも不自然ですし、
かえって気味悪がられてしまうかもしれません。
ここは一度失敗しているけれど、「風の音」ということにしてみます。
だって、他に聞き間違えそうなものが思いつきません。
「なにも言ってませんけど?風のおt――」
「違いますよね?人の声です。」
めずらしくハヤシさんが、食い気味に言い返してきました。
どうやら、この手は使えないようです。
ハヤシさんは続けます。
「窓じゃなくて、未依さんの方から聞こえますけど?」
正確には、私の方から聞こえているのではなく、
うめきやさんが、じりじりとこちらに近づいてきているだけなのですが。
今はそんなこと、どうでもよくて。
(というか、もはやうめきやさんの存在自体、どうでもよくなりつつあります)
ええと……どうしよう。
「未依さんの声ですよね?」
違う。違うけど……
他にごまかし方が思いつかない。
――この際……この際!
「あ~!ごめん、ごめん。ひとり言~。聞こえちゃってたのか~(笑)」
できるだけ和やかに返してみました。
が。
ハヤシさん、嫌悪感まる出しの顔をしていました。
あの人、基本的にいい人なので、あんな顔はめったにしないのに。
そのまま二人で、何事もなかったかのように仕事に戻り――
しばらくしてから、ふと思いました。
(ああ……ハヤシさん、うめきやさんの声が聞こえるたびに、私がうめいてると思ってたのか)
そう考えたら、急におかしくなってきて、笑いがこみ上げてきました。
一人でニヤニヤしていたら、ふと視線を感じます。
見ると、ハヤシさんがこちらを見ていました。
しかも、全力の「気持ち悪っっ!」という顔で。
それ以来、うめきやさんの声が聞こえるたびに、
ハヤシさんは「気持ち悪~っっ!」という顔で、私を見るようになりました。
(いや、その声、私じゃなくて、あっちの方から聞こえてるんだけどな……)
そう思いつつも、結局、否定できないままでした。